磯辺 ゆかり (ISOBE Yukari)
国際文化学部 グローバルスタディーズ学科 共通教員
人と言葉の関係
この世界には6000語以上の言語が存在するとされる。こんなに多くの異なる言語が存在しているにも関わらず、それらの言語処理メカニズムを突き詰めると、ひとつの共通点が見えてくるのだと、磯辺ゆかり先生は説明する。それは「音」だ。「実は、この世界には文字を持った言語のほうが少ないのです」。言語の歴史を紐解くと、人々の意思疎通は太古の時代にボディランゲージから始まり、やがて真っ暗な夜や遠くからでも互いにコミュニケーションできるよう、音声を使ったやりとりが始まった。文字が使われるようになったのは、人類の歴史から見るとほんの最近の出来事なのだという。「それぞれの言語が持つ豊かな韻律・響きは、それぞれユニークで魅力的なものが多いですね」と笑みをこぼす。
しかし、今世紀中にはその多くの言語の半数が消滅するという。現代社会において、若い世代が経済言語を学び、古い言語を引き継いでいくことが難しくなってきたのが理由だという。「言語というのはコインの裏表のような関係」と磯辺先生。表側に見えるのは文法や単語などの知識だが、「裏側には、人々がその言語を使って育んできた何百年、何千年の文化や歴史、暮らしの営みが刻み込まれています」。言語を学ぶということは、そうした価値観を承継し、次代に伝えるということに等しい。「コミュニケーションの手段としてだけでなく、あらためて言語が持っている本質について考えるきっかけにしてもらえたら」と話す。
言語処理のメカニズムと言語習得
人が生まれて、最初に馴れ親しむ言語-私たちにとっては日本語-は、第一言語(母語)と呼ばれる。だが、例えば英語やフランス語など、いわゆる母語以外の第二言語を身に着けるのはなかなか容易ではない。赤ちゃんが最初の言葉をどのようなプロセスで覚えるのか、第一言語の習得プロセスの研究では、赤ちゃんは単語を一つひとつ覚えるのではなく、大人たちの話す言葉を丸ごとフレーズとして覚え、成長するにつれてそれぞれの単語に分解している、ということが明らかにされている。これは言語処理メカニズムのデフォルトであり、第二言語を学ぶときも同じことがいえるという。「言語の習得には『音』が何よりも大切。言葉のメロディラインを意識するといいですよ」と磯辺先生はアドバイスする。音と一緒に、まとまりのある文章を何度も繰り返し発音する。「だから、音読やシャドーイングは効果的だと言われているのです。もちろん、映画や音楽など、好きなものを楽しくインプットしていくのも効果的です」。大人になっても小さい頃の童謡や校歌を歌えるのは、この言葉の『音』の記憶メカニズムが深く関係しているのだとか。「言語習得能力に年齡の限界はないので、いつからでも新しい言語に楽しみながらチャレンジしてください」。
海外に行く、という意味
磯辺先生は社会実践力育成プログラムにおいて、数多くの海外ショートプログラムを担当している。京都精華大学が実施している語学留学の魅力は、事前に留学先の基本的な情報(地理、歴史、文化など)をしっかりと調べた上で、そこから学生自身が気になるトピックを一つ選び、現地調査を行うところにある。「自分なりの問いを立てることで、留学先の見え方がすごく変わってくるし、それを通して現地でのコミュニケーションの輪も広がる。そこが一般の観光ツアーとは大きく異なる点です」と磯辺先生。テーマは学生の興味や関心によって様々だ。食文化や風習・慣習…、例えば今回のショートプログラムではフィリピンのピアス文化について独自リサーチしている学生もいる。フィリピンでは、生まれて間もなくほぼすべての女の子の耳にピアスを開ける習慣があるのだとか。ファッション、まじないなど、その理由は諸説あるそうだが、「学生さんが現地で何を見、何を肌で感じたのか、帰ってきて報告してくれるのを心待ちにしています」と頬を緩める。
留学を経験した学生には必ず何かしらの変化が見られるという。このプログラムの参加をきっかけに海外への興味が広がり、長期の交換留学に挑戦する学生も少なくないという。「インターネットで何もかもが完結できる時代、言語を学びながらリアルに海外の文化や日常生活を実感するというのは、とても価値のある体験です」と磯辺先生。異国の地で見知らぬ人と出会い、限られた時間と予算の中で自分でやりたいことを自分一人で考える…。これは日本ではなかなか経験できないこと。『かわいい子には旅をさせよ』とは、まさにこのことだろう。
磯辺先生が何年もこのプログラムを担当してきて、確実に言えるのは「いままで海外留学にチャレンジして後悔した学生は一人もいない」ということ。少しでも異なる世界や文化に興味があれば、ぜひ挑戦してみてほしい。きっと未来の成長につながる素晴らしい経験が、あなたを待っているに違いない。