伊藤 まゆみ (ITO Mayumi)
創造戦略機構 展示コミュニケーションセンター特任講師・センター長 / ギャラリーTerra-S キュレーター
キュレーターとは
伊藤まゆみ先生は、京都精華大学校内に設置された「ギャラリーTerra-S」で、キュレーターとしてギャラリーの運営および展覧会の企画、作品の調査研究等に取り組んでいる。
本校に赴任するまでの14年間、神戸アートビレッジセンターやトーキョーアーツアンドスペースなどで、展覧会の企画やアートディレクションに携わり、才能あるアーティストの掘り起こしや若い人材の育成などに力を注いできた。「私の場合、このアーティストに参加してもらうことで、その場所が活性化するのでは…という視点で、企画を考えたり作品を選んだりすることが多いですね」。
第一線で活躍するアーティストと協働して展覧会をつくるほか、地域の小学生を展覧会に招待して鑑賞授業を行ったりすることもあった。例えば、神戸市ゆかりのイラストレーターと連携した展覧会では、神戸・新開地の街並みを家の形をした木製のオブジェや植物などで抽象的に表現した。いつもとは異なる風景を俯瞰的に見て、子どもたちは生まれ育ったまちにどんな思いを重ねるのだろう。「芸術の地産地消というのでしょうか。子どもたちが地域について考えるきっかけになればと思いました」。
ギャラリーTerra-Sの取り組み
ギャラリーTerra-Sでは、展覧会の企画・立案・広報、教育普及事業などに取り組んでいる。2022年6月から行われた「越境」展では、コロナ禍で人が移動できずに逼塞した状況や、戦争が身近に迫る世界情勢に対する危機感などをテーマにした。本校が収蔵するメッセージ性の高い作品群と現代アーティストの作品を組み合わせ、土地、記憶、ジェンダー…それらを越境することで今まで見えなかった芸術の普遍性が浮き彫りにされていく。
また、2022年11月の「Seika Artist File #1「ゆらめくいきものたち」展では、生き物をモチーフにした作品をテーマに展覧会が行われた。Terra-Sのガラス張りのオープン構造を活用した展示で、大学の周囲にある豊かな自然とそこに棲む生きものを借景として、会場を訪れた人たちも展示空間と一体となって多様な揺らめきが輻輳していく…。Terra-Sは天井が低い部屋や細長い空間など特色のある展示空間を備えており、それぞれの場所で独創的な作品展示を展開していくことが可能だ。例えば、さまざまな生き物の形をした針金製のオブジェたちがオレンジの糸で繋がれゆったりと回転するインスタレーションや、金箔を用いて鳥や松などが描かれた絵画と映像を組み合わせた作品など、「空間自体がまるで料理を作るようにうまく仕上がっていくのがとても楽しいですね」と伊藤先生は微笑む。
キュレーターとは、アーティスト・作品・鑑賞者をつなぐ存在。「私の場合、アートセンターでのキャリアが長いので、美術館の学芸員ともまた違う視点で、プロデューサーやディレクター的な目線から作家の魅力を目利きし、その芸術的価値を引き出して社会に伝えていきたいですね」と伊藤先生は話す。
展覧会の運営で培う社会実践力
社会実践力育成プログラムでは、京都精華大学ギャラリーTerra-Sで学生たちに展覧会の運営を体験してもらった。大学では作品制作をメインに取り組む学生が多い中で、自分たちの作品がどのような意図や思い、経緯で展示され、どんな人たちがそこに関わっているのか?「現場を体験することで、作品づくりに対する姿勢も変わってくるはず」と期待を込める。
今年度は、20名の学生が参加し、「デザイニング・ダンボール&ダンジョン−遊びのデザインを探る−」展(2023年6月30日〜8月6日)の会期中、来場者の受付や作品の搬出入、ワークショップの手伝いなどを行った。ギャラリーの3分の2が埋まるほどの大きなダンボール迷路。来場者は、迷路を改変してもOK。子どもたちは自由に迷路に絵を書いたり切ったり、段ボールの紙きれで工作物を作ったり、毎日のように迷路はダイナミックに変化していく。
学生の多くは、それぞれたくさんの学びを持ち帰る。ギャラリー運営の裏側を知れたり、来場者の対応について分析したりと、この経験が表現者として大きな成長につながっていくのは間違いないだろう。「私自身、学生の発想や機転を利かせた対応などから学ぶことも多かったですね。これをきっかけに、美術の仕事に興味を持ってほしいと思います」。伊藤先生は未来のキュレーターに優しげな視線を投げかける。