吉野 央子(YOSHINO Ohji)
芸術学部 造形学科 立体造形専攻 教授
芸術の力で地域を活性化!内包された“場所”の魅力を掘り起こす
木彫を中心としたインスタレーションを数多く発表し、立体造形作家として幅広く活躍する吉野央子先生。地域連携の取組みに本格的に関わるようになったのは、2009年に新潟県十日町市で開催された越後妻有アートトリエンナーレ「大地の芸術祭」に参加したことがきっかけだった。枯木又という小さい集落には小中学生が合わせて20人もいなかったのに、わざわざ分校が設けられたのは、冬場、豪雪で学校に通えない子どもたちがそこに集まって勉強するためだという。「まさに、へー!の世界。同じ日本でありながら、そういう地域があるのかと、カルチャーショックを受けました」。その一方で、今は失われつつあるどこか懐かしい自然風景、地域の人たちの素朴な人柄に強く心惹かれ、培ってきた経験やスキルを活かして何か自分にできることはないかと考えるようになった。
「大地の芸術祭」のコンセプトは、アートの力で地域を再生するということ。3年に一度開催されている。これまでのような住民や環境に負荷がかかる地域開発とは異なり、ディレクターの言葉を借りるなら「芸術に害はありません」と吉野先生は笑みをこぼす。当初は自分の作品を展示すればいいと考えていたが、プロジェクトの企画運営に深く関わるうち、地域に内包された魅力や付加価値、つまりサイトスペシフィック(場所性)を表現することの大切さに気づいたという。
日々の暮らしの営みを風土に根差したアート手法で表現
「枯木又地域の農家に、なぜ養鶏をするのか?と尋ねたら、自分で安全・安心な肥料が作りたいからと言うんです。なるほどと」。かつて鶏や牛などの家畜は放し飼いされ、庭先に生えた雑草は食べてくれるし、糞は肥料にすることもできた。農業というのは一つの自然循環の中で成り立っていたはずなのに、いつしか何もかも奥に仕舞い込まれ、私たちの目に触れる機会がなくなってしまった。
吉野先生は2015年から地域の空き地を利用してアート鶏舎(環の小屋)を制作し、平飼いで鶏を育てるプロジェクトに取り組んでいる。鶏舎の周りに、陶器で作った卵のオブジェを象徴的に配置するなど、一見風変わりだがどこか懐かしいかつて見かけた農家の庭先の風景をイメージした。彫刻でも絵画でもない、アートと農業をつなぐ新たな社会連携の試みが高い評価を受けている。期間中、国内はもちろん、東アジアなどから多くの観光客が訪れ、若い人たちがボランティアで参加してくれることも多いという。コロナ禍の影響で都市生活の脆さ、危うさが見え隠れするなか、「即効性はないかもしれないが、地域の魅力発信に向けて一定の役割を担っていると自負しています」と目を細める。
作品展示はきっかけの一つ!社会との接点を広げる連携プログラム
京都精華大学社会実践力育成プログラムでは、吉野先生は国内ショートプログラム(地域表現型:越後妻有アートトリエンナーレ「大地の芸術祭」を知る)を担当している。ネットで何でも注文でき、SNSでコミュニケーションが済ませられる今、学生たちが外へ出て社会と関わりを持つ場面もどんどん少なくなっている。
「作品を見に行くというのは、ただのきっかけづくり」と吉野先生。例えば、枯木又地域は12世帯しか住んでいない高齢者中心の山村集落だったが、実際に現地に足を運んでみると、「こんな山奥で農業を営んでいる人がいるのか?」「暗闇の夜空に満天の星を初めて見た!」など、展示された作品以外にも、机の上で学んでいるだけでは経験できないような新しい発見、感動があふれていることに気づくだろう。「社会実践力育成プログラムに参加することで、いろんな社会の在り方、接点があることを知ってほしいと思います」。将来的には、意欲ある学生や卒業生の作品を芸術祭で展示していくことも視野に入れているという。
自身も京都精華大学を卒業し、「自由自治」精神あふれるキャンパスで青春時代を過ごしたという吉野先生。「社会連携で新しい化学反応が生まれれば面白い。時代が変わっても、学生の好奇心を刺激する学びを提供し続けたいですね」と意気込みを示す。